chris dave and the drumhedz @ビルボードジャパン東京

2/20の第二部みてきました。

良かったです。音源で聴いてたタイム感や独特なフィルが堪能できました。前にネットの記事で「クリスデイヴはかなりレイドバック気味で〜」と書かれてて、自分はクリスのドラムは正確だからあれだけ自由にできるのだろうと思ったりしてました。実際ライブで集中して聞くとレイドバックというか割とルーズな感じ。あまり滅多なこと書かない方がいいかもだけど…

当然クリスのドラムを聞きにきたんですが、最初は10分ほどベースとキーボード2人のセッションだったり途中で大分長い間パーカッションソロになったり、後半にキーボード・ボーカルが下手でバラードを歌い上手でリズム隊がファンクを弾くという(別に合っているわけではない)よく言えば実験的、そうじゃなく言えばそうじゃない感じの場面もあり、また妙におちゃらけてたりで、うーん、という場面は結構ありました、正直。

これはですね、去年見たRobert Glasperでも似たような感覚を味わったんですよね。途中でタラタラとブルースだかブギウギだかのピアノソロを弾いてて、見る前にイメージしてた「音源に入っている曲をバンド演奏し、途中で"少し"ソロコーナーなど挟む」という従来のライブとはずいぶん違って肩すかしというか。そういうイメージ通りの時間は全体の半分程度で、残り半分で何やるかと言えばメンバーでじゃれ合ったり思いつきでよくわからんことやったり。これってもしかして今のNYジャズの文化なのかな。そういうところから今やってる新鮮なタイム感の曲が生まれる、というのなら、まあいいんですけども。うーん、という気持ちが残るライブでした。

無駄なことを続けるために ~ほどほどに暮らせる稼ぎ方~

無駄なことを続けるために - ほどほどに暮らせる稼ぎ方 - (ヨシモトブックス)

無駄なことを続けるために - ほどほどに暮らせる稼ぎ方 - (ヨシモトブックス)

自分は色々と動画作ったりライブやったりアプリ(非公開だが)作ったりしているので、ちゃんとそれらをまとめておいてポートフォリオにするなり単に足跡とするなり、とりあえず生きた証を残したい。「無駄作り」に関してはデイリーポータルなどで記事を読んで知っていました。世の中にはyoutuberネタは無数にあるものの、自ら「無駄作り」を標榜しているのであればそのマネタイズや展開の手法は何にでも活かせるのではないだろうか。


第1章は「作ること」について。テーマや締め切りといったゆるい制限の重要さ、クオリティを求めて1ヶ月かけても上がらないクオリティとかあるあるすぎてね。他にも思いもよらない反応や批判、とにかく発表する、作りながら考えることで自分のことを理解する、など。これらは実感として理解できた。


第2章は思考の話。手が止まったとき、行き詰まりを感じたときどうするか。いろんな人の話を聞く、いろんなは仕事をしてみる。自分のやっていることを多面的に見てもらう、フィードバックをもらう。

もやもやするときは言葉にしてみる。これは自分がこのブログでやっていることでもある。ちょっとセンシティブな話題は自分の場合google documentに走り書きしている。スマホとかでも書けるしな。もやもやの原因がわかれば対策も取れるし、自分のやってることがわかれば(自分の場合音楽やAR)、方向付けもできるし、この本にも書いてある通り不思議と力が湧いてくる、無敵になった気がしてくる。

「無駄作り」の社会的意義について

ただ、「無駄づくり」で、自身の世界が生きやすくなったことで、私の作品を見た人の世界も生きやすくできたらいいなと思えるようになってきた。

と書いているが、このあとシンプルにマネタイズの話が書いてあるので気持ちとしてもリアルな質感としても伝わるものがある。


第3章は「見せること」。見せると客観性が生まれ、作品として昇華され、ファンも増える。作り続けるためにみてもらう。

メディアが違えば見せ方も変わる。この時に第2章で書かれていた、自分の作品が「わかる」ことが活きてくる。

VLogという、普段のコンテンツとは違う、告知などのしゃべる動画があるというのはわかるけど、自分がするかというとどうかなあ。それと、どこかでお金と時間をかけて対策映像を作るというのも、いいプロモーションになるし面白そうだなと思った。

twitterでツイートする時間帯、便利なツール、テクニックなども書いてくれてるのはありがたい。こういうのはどうしてもプライドが邪魔して実行するのが憚られるので…

instagramやweb文章など、メディア別のユーザーの性質の話も良い。

拡散の話。youtube動画はハイライトを最初に持ってくるといった具体的なテクニックなど。いろんなコミュニティに入って力を借りる、というのは前述の「いろんな職業の人のフィードバックをもらう」とも繋がってきそう。

SNSでしかウケない」ことの危険性が取り上げられてるのも良い。テレビでの切り取られ方、視点の違いからの学び、イベントを開くことでの気づき。


第4章は「稼ぐ」。著者はいわゆるYoutuberだけどそれだけで生活できるほどではないらしい。ではどうするか。「無駄づくり」で企業プロモーションをする、そのためには信頼が必要だ、信頼はわかりやすく数字だ、フォロワーの数字はどう増やすか、どういう時に増えるか。企業プロモーションというと見えない壁を感じてしまうが、順序立てて説明されるとなるほどそういう仕組みかと。「ツイートが拡散しても、それがすぐフォロワーにつながるわけではない。プロフィールがみられている」というのはへーと思った。

グッズ販売、クラウドファンディング。虚しくなりつつもあたかも第三者が著者を応援しているかのようにファンディングの紹介文を書いた、という話も書いてくれるのが何気に助かるポイント

仕事のコントロールについて。「名前を出さない仕事を育てていくこと」これは面白かった。リスクヘッジとして収入源の分散の他に、「無駄づくり」ブランドのマネジメントのため。映像製作や文筆業、webメディアのコンサルとかもしてるらしい。こういうのって名刺には書いてたりするのかな。もしくは口頭か。ネットに出せないわけだから。まあでも本に書いてるくらいだし、スタンスの問題かな。


第5章、「それぞれの稼ぎ方」。いろんな人の稼ぎ方。世界一即戦力な男の菊池さん、メーヴェを作った八谷さんなどへのインタビュー。八谷さんの「全国で上位100位に入るスキルを2,3個持っていれば自ずとトップランナーになれる」「パッケージ化するには一人じゃダメなので、後発に抜かされるかも、という心配には頑張るしかない」などの話が印象深かった。

ロマンシングサガ オーケストラ祭

行ってきました。良かったです。曲はオープニングタイトル、オープニングイベント曲、各種バトル、ボス戦、ラスボス戦、フィールド曲、下水道など、鉄板どころをしっかり押さえた選曲で満足でした。個人的にはエレンのテーマ聴きたかったけどそれはただのわがままとわかっているので・・・

今回演奏したのはロマサガ1,2,3とミンサガロマサガRSと、あと舞台に書き下ろした曲もやったんだっけか。この中で自分はロマサガ1,2,3しかわからず、それ以降のミンサガなどの人気曲は聞いたことはあるもののピンとこず、という感じでした。しかし演奏として良かったのは不思議とミンサガ以降の知らない曲だった印象。ロマサガはプラットフォームがスーパーファミコンということで、音色や同時発音数に制限があり、そのサントラは試行錯誤された結晶なんだと思います。実際のオーケストラでやると展開目まぐるしく、結構忙しい印象を受けました。新しい曲は演者も聞く側も展開に余裕をもって聞けてよかったです。もちろん、ロマサガのあれやこれの曲を聴けたのは最高でしたよ。

特に良かったのはロマサガ2アバロン、皇帝出陣、遥なる戦いの詩、ロマサガ3のフィールド、四魔貴族バトル2、ラストバトル、エンディングですね。ミンサガ、RSもすごくいい曲・演奏があったんですが曲名がわからない…!

マダム・フローレンス!夢見るふたり

自分はほとんど映画見ないんですけど、メリル・ストリープ好きの親からこの映画の話を聞いて、またフローレンス・フォスター・ジェンキンスの話は知っていたので興味があって見てみた。ア

https://www.amazon.co.jp/dp/B0719PXMD5

脚本に力技なところがありながらも全体的に手堅い作りで、フローレンス役のメリル・ストリープとシンクレア役のヒュー・グラントの演技を楽しめました。二人とも素晴らしい役者さんやねー。メリル・ストリープは舞台の上方から羽根つけて降りてくる瞬間から完璧に「気が弱くて頑固で不器用なフローレンス」だし、ヒュー・グラントの懐が大きく嫌味なくフローレンスを守り続けるシンクレア(最初ちょっと胡散臭いと思ってしまったが)はとても魅力的だった。シンクレア、ノンフィクションでヒュー・グラントはダンディすぎるだろ〜と思って見ていたがエンディングで見られる実際のシンクレアの写真もめちゃくちゃかっこよかったわ。まあ俳優とのことなのでそういうものなのかもしれない。

フローレンスからシンクレアへの援助で隠れて一緒に暮らしている愛人のキャスリーンは「もうこんな生活は嫌!」と言うんだけどフローレンス自体のことは悪く言わないんだよね。コンサートでも真剣な顔で聞いてて、音痴な歌に吹き出す友人を諌めたりする。フローレンスは重い病気もしてるんだけど、とはいえ憐れむべき弱者というわけでもなく結構めちゃくちゃやる人です。それでもシンクレアやキャスリーン、伴奏のコズメ、メイドさん、普段から仲良くしている人たちは、始まりはお金だったりするんだろうけど、親身に彼女を守っている、というのがなんか良かったですね。

3分のポップスはもう長すぎるのではないだろうか2

mojo-nobu.hatenablog.com

と、書いてみたもののこれは頭の中で考えた理論の話で実感がない。実際そういうつもりで曲をパブリッシュしようとしているのだが不安でなかなか手元から離すことができない。音源主義でずっとやってきたのでそのくせが抜けないのだろう。

音源主義の頃はとりあえず自分の手元で最終形まで持っていき、それをレビューすることができた。しかし今回は、自分の手を離れる時に二つ、かなり大きな穴が空いている。バンドメンバーに埋めて欲しい穴と、リスナーが聞いて埋める穴だ。しかし今後長くバンドやっていくならさらに穴は今後増えていくだろう。

さてどうするか。曲の「枠」について考えてみよう。穴は開いていても自分が決めた曲の枠はキープすることができるのではないだろうか。ちなみに枠=形式と考えて良い。

参考書はこれ

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

人が音楽を聴く時、どういうふうに解釈し、楽しんでいるか。好みとはどうやって形成されるか、について書かれた本です。自分はこれを読んで自分の音楽の聴き方や、逆に聞かせ方のスタンスについてかなり整理された気がする。

ものすごくざっくりいうと「西洋音楽は"8小節1セット"の枠を意識して聞かれている、だから成立する」みたいな話です。昔「ジャズのライブで曲中に拍手が起こるのってなんでなんですか?」って聞いてきた人がいてびっくりしたんですが、ジャズは(全部ではないが)楽器のソロが聴きどころで、各演奏者のソロが終わったらみんな拍手とかしてアゲてくんですよね。ジャズが好きな人はそういう枠が分かった上で聞いている。
ソロのこと知らなくても、独特な和声感やスウィングするリズムを聞いて「あ、ジャズだ」と認識してそれが好きな人もいます。そんなときに突然ロックのビートが入ってきたら、ジャズを聴きにきた人はびっくりしてがっかりする。そういう風に評価が下される、という話ですね。実際にジャズとハードコアが入り乱れるジョン・ゾーン(Naked Cityだっけか)とかもありますが、好きな人はああいう「突拍子もない」という形式を楽しんでいるんだと思います。それ込みの形式というか。

本の話に戻って、この本でモーツァルトのある逸話が紹介されています。モーツァルトから父に宛てた手紙からの引用です。

ちょうど第一楽章アレグロの真ん中に、たぶん受けるにちがいないとわかっていたパッサージュがありました。そこで聴衆はみんな夢中になって――たいへんな拍手喝采でした。[中略]当地では最後のアレグロはすべて、第一楽章と同様に、全楽器で同時にしかもたいていはユニゾンで始めると聞いていたので、ぼくは二部のヴァイオリンだけの弱奏で八小節だけ続けました。――そのあとすぐ強奏がきます。――すると聴衆は(ぼくの期待した通り)弱奏のところで「シーッ!」――つづいてすぐに強奏――それを聴くのと拍手が鳴るのと同時でした。――そこでぼくはもううれしくって

岡田暁生. 音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.115-121). Kindle 版.

これはとてもわかりやすい例。モーツァルトが次から次へと名曲を書けたのは、ただ優れた霊感だけによるものではなく、聴衆のツボをよく心得ていたというのが大きいんじゃないだろうかと僕は考えてます。父親からの英才教育で当時のあらゆる作曲の語法を身につけ、さらにそこに幼少期からの場数の多さによって「どういった時にどういった演出をすればウケるか」を身につけていたからこそ、迷いなく次から次へと名曲を書くことができたのではないか、というわけです。


自分がなかなか曲を完成させられない時、焦点がブレてると思うことが多々あります。「この先どうするかな〜こういう曲にするならこっち、しないならこっちだなあ」といって分岐がどんどん生えてくる。そこで基準がないから、なんども悩むことになったり、初期の選択肢と後の選択肢で整合性取る必要が出てきたりする。何より決断って体力使う。

なのでここらで自分の曲の 枠 - waku - を決めましょう。

  • 枠ができると何がうれしいか。
    • 自分の曲の枠が見えていることで、コントロールしやすい、安心できる
    • バンドメンバーにニュアンスを伝えやすい
    • リスナーの反応を評価する際の指標ができる

あたりでしょうか。


少し余談。かつて自分は「誰とも違う曲を作ろう」と思っていたんですが、実際完成した曲はどうだったのか。

頭の中であーでもないこーでもない、この展開はアレっぽい、アレっぽさを避けたい、と否定して否定して否定の末に作っていたわけですが、「ポップであること」は守りたがってたんですよね。でもポップであるということは、聴きやすいということ、聴きやすいということは既知の枠内にある、知覚可能な要素でできているはずです。

聴きながら分析してみよう。

  • 1曲目 "つがいの動物" (これ曲名ね)

    • バックグラウンドにブライアンイーノを意識したアンビエント
    • おぼろげながらも緊張感の持続するピアノのリフレイン
      • これ単体では特に枠にならないか
    • リフレインから旋律線ではなく、和音の変化とテンションの変化で、展開と着地を描く
    • サビの折り重なる感じはガムランとかかな
    • 【総評】構成要素自体はシンプルだが組み合わせの新規性はあると思うな。アンビエントと適度に緊張感のあるリフレイン、そのリフレインからの着地系のサビ、いいんじゃないでしょうか
  • 2曲目 "Happy Ending"

    • ABAのカタルシスあるサビを持つ構成はロック・ポップス直系
      • 3連はちょっと珍しい
    • バックグラウンドのうねるフィードバックノイズはフェネス参考
      • ノイズのうねりと、それをリードする勢いのあるピアノは
    • 【総評】つがいの動物同様、アンビエントなバックグラウンドとピアノの組み合わせ。あれ、この組み合わせやっぱりいいな。
  • 3曲目 "音楽を聴く時"

    • これも別にいいか。多分残りの二つと同じだな。ピアノとアンビエントの組み合わせ

なんと意外な結果に。要素に分解してみるとシンプルなものでした。ピアノ単体、アンビエント単体の新規性には乏しい、ただし組み合わせに新規性あり、という感じ。

では自分は何に悩んでいたのか?ポップな聴きやすいピアノのポップさの塩梅に迷っていたのだと思います。アンビエントと組み合わせる上で、過度に劇的にならないコード進行、適度に器楽的な旋律線、このバランスが結構難しいのかもしれない。

よくやってた「このコード進行ありきたりだな…」というのは割と考えすぎというか、結果的にあまり突飛な進行にはなっていないのでもっと安心してありきたりなコード進行使っていけばいいな。

あと自分の感性に沿っているか?という自問もめちゃくちゃしたな。なんどもリプレイ聞いて自分の心が動くかどうか。実際これは大事だと思うけど、ここについてはあまり答えは出てないな。枠の意識とピアノで新規性求めすぎないことを理解していけば、もっとここんとこフォーカスできるだろうか。


よし、余談おわり。枠を考えよう。今作ってる曲について。

  • 「ではない」もの

    • ジャズではない。
      • 楽器ごとのソロは配置するがスイングではない。
    • 謡曲ではない
      • 明確なメロディを持つが派手な展開や臭みはなるべく避ける
  • 「である」もの

    • エレクトロニカまたはアンビエントである
      • 前提としてバックグラウンドの電子音と絡み合うものである
      • 曲として一つの雰囲気、情緒を扱う
    • ポップスである
      • 決して難しくない
      • 展開として飽きさせない
        • やっぱりこれ大事だな

なんかザーッと書いたけどいい感じにまとまったな。「ではない」「である」で分けるのはいいな。適度に幅を持たせられそう


あと枠とは別の曲の考え方もあるとは思う。デザインをするように曲を考える、社会の中での役割、存在(というと大げさだが)を意識する…もっとおおらかでオープンマインドな曲もいいな。

素材として強度のある曲を作る、というのも良い。ジャズスタンダードは32小節の繰り返しで成り立つからそういう曲も作りたい。これはパブリッシュする勇気というのも必要になりそうだ。

非常に雑多な記事になったが自分的には実り多いものになったな、よし

ロマサガ2日記 ダイナマイト皇帝

初めて皇帝候補に格闘家が登場。面白いので皇帝にしてみた。ダイナマイト皇帝って…ダイナマイト刑事かよ。

仲間はピーター(ホーリーオーダー男)、トータス(重装歩兵男)、オニキス(宮廷魔術師女)、アルゴル(フリーメイジ男)で。オニキスとアルゴルのドットが可愛らしい。ロマサガ2の仲間は愛着湧きにくいとか思ってたけどよく見るとドットが凝ってて面白い。

今だに知らなかったことだらけで、カンバーランドにいけばホーリーオーダーが仲間になるとか、竜の穴に行けば格闘家だとか。世代交代したら先代のパーティの装備が全部倉庫に入るとか、そんな重要なことも知らなかった。世代交代するたびにデフォ装備で挑んでたわ…


ストーリーはエイルネップでロックブーケと守護者の板挟みにあい、どちらにも勝てないのでとりあえず放置することに。このへんロマサガ感あって非常に良い。火山でも魔術師とサラマンダーの間をどう取りもつか。最初に魔術師の依頼を受けてしまったんだよなー。胡散臭いんだが、どうなることやら。

ロマサガ2日記 初めての全滅

メディアのパーティが全滅してしまいました。これが初めての全滅です。

システム的にゲームオーバーにならないとはわかっているものの、やはり全滅は悲しい。あまり逃げると敵が強くなって後半詰むらしいので最後のほうは全滅を覚悟したまま敵に向かっていったわけですが、そんな状況になると急に技をひらめきまくって(おそらくそういうシステムになってる)、命の最後のきらめきを見ているようで何だか切ない感動を覚えてしまいました。ありがとうメディア、あなたたちのパーティを忘れない。

アリの巣で全滅したのですが、その後サバンナ南の村に行くと見事に村は壊滅していました。すまぬ…。

あまりハマれないなーと思いつつプレイしているロマサガ2ですが、全滅を乗り越えて思い入れが強くなりましたね。思い入れがアップ!


ダイナマイト新皇帝になってメディアたちの残してくれた技を継承しようとすると、なんと技道場に登録されていないではないか。調べるとどうやら全滅では継承されず、次の年代ジャンプまでおあずけらしい。システムが複雑なのはわかっていたけどもなかなか慣れない。誰だって長い時間かけたゲームで詰みたくないじゃないですか。なのでおっかなびっくり怖がりながらプレイしていたんですが、それにも限界がありますね。詰むときは詰みそう。もう腹くくって詰み上等で進めていくしかないですね。

これまでハマり切れてなかったのも、おっかなびっくりやってたからかもしれないですね。詰み上等、もっと大胆にいこう。