喜びの島 

51小節目から52小節目にかけてクレッシェンドから拓けた表現に移るところ、どうすべきか。先生は確か「重く、だんだん速度落として力を溜めて」と言っていたように記憶しているが…しかしだんだん速度落とすと、主旋律のBb-G以外の装飾音はどうするか、これらも速度落とすと悪目立ちしないだろうか。

ということでAmazing Slow Downerを使って音源に答えを求めてみる。ティオリエもホロヴィッツも明確に速度は落としていないな。それよりも52小節目の直前のブレス、一瞬の間の方が重要そうだ。51小節目はわりとさらっと行ってるな。

そういえば先生の言葉も正確には、「力を溜めると自然とゆっくりになる、それを利用する」というニュアンスだったっけ。人の記憶は曖昧である。

というわけでここはあまり意識せず、ただしっかりと強く、重くしよう。さすれば自然と速度の表現もついてくるであろう。


そしてそのあとの55小節目、ここのクレッシェンドも最後の処理をどうするかと悩む。四音ずつ区切って階段状に盛り上げるか、最初の一音だけクレッシェンドか、最後の上行系はさらにそこで上がっていくか

これも同様にティオリエとホロヴィッツを聞く。ティオリエは最後の上行も気にせずさらっと、むしろ最後消え入るようになっているな。ホロヴィッツは結構意識して最後の上行は盛り上げていってるようだ。どちらも一瞬ではあるが。

自分的にはホロヴィッツの方が受け入れやすいかな?ちょっと弾きながら考えてみよう。


似たようなところで表現に迷ってしまったが、ここである言葉を思い出した。

先日買った「パスカル・ドゥヴァイヨンとめぐる ドビュッシーの島々」という本の一節だ。これはこの本の帯にも引用されている、ドビュッシーを語る上で重要な言葉なようだ。

ドビュッシーの音楽が私たちを見失わせることがあるとしたら、それは彼の音楽が"通り過ぎるその瞬間"を表現しているからです。... 瞬間というものは、掴もうとするときにはもう過ぎ去っているのです」

これまでの自分の経験だと、クレッシェンドはどこかへ到達するための道筋だと考えてしまってたんだけど、ドビュッシーにおいては必ずしもそうではないらしい。クレッシェンドなのは間違いないが、どのように処理するか、どこにも到達せず中空に飛ばされる、飛ばしてしまう、そういう勇気が求められる。


全体的に少し集中ができてないなー。ぼんやりと「こういうイメージ」「こう弾こう」というのは頭の中に持ち続けているが、その瞬間瞬間に意識ができていないというか。

もともと集中するというのは得意ではないからな…まずはその瞬間瞬間を観察する、頭の解像度を上げることを目標にやってみよう。それからその解像度で演奏を制御する。

やることたくさんで大変である。とはいえちょっとずつ見えてきてはいる。明日は6Pまでの流れを整理して録音するところまでやってみよう