弦楽四重奏は敷居が高い

東京春祭、3/21(金)は国立科学博物館・日本館の講堂にてNHK交響楽団メンバーによる弦楽四重奏を見てきました。なんで国立科学博物館?と思ったけどここの日本館講堂はよくコンサートとかやってるらしい。この博物館は常設展が凄く充実していて素晴らしい。自由席ということをすっかり忘れて、座席は若干後ろのほう。やっぱり二階席が被さってない前のほうが音がいいんだろうかね。

演奏は2番、1番、10番の順番で。正直に言うと自分、前もってこれらの曲を聴いてたんですけどイマイチCD聴いてて熱中できなかったんですよね。そんな状態で聴きに行ったわけですが、いろいろと感想とか知見を持って帰ることはできました。


弦楽四重奏はどう楽しめばよいのか

ピアノではドとド♯の間の音(微分音と言う)を出せませんがバイオリンなどの弦楽器では出せますよね。だから自分は弦楽器の合奏はハーモニーを重視したいと思ってました。だけどCDで四重奏を聴いたときにあまりそれを楽しめないなあ、と思っていて。

それで、これはこの二日後にリヒャルト・シュトラウス弦楽六重奏、七重奏を聴いたときに思ったんですが、そういった「ハーモニーを楽しむ」というのは六重奏とかそれくらいの数が必要で、少なくとも弦楽四重奏は違う楽しみ方をするものなのではないか。

今回の十番第二楽章のようなゆっくり、穏やかな曲(アダージョでいいんだっけ)はハーモニーも楽しめたんですが、そうでなければどうにも様子が異なる。それで目を瞑ってみたり演奏をじっと観察したりして試行錯誤してたんですが、弦楽四重奏はどうやら競技的な側面が強いように思えてきました。

「競技的」と言う言葉が正しいかはわかりませんが、音楽の美しさだけに焦点を当てて作曲されていないのではないか、と思うのです。

それを一番顕著に感じたのは同じフレーズを各楽器で順番に弾いたりするやつ!(言葉を知らないのが悔やまれる) 結構頻繁に出現するわりに杓子定規に処理されてて美しさや面白みに欠けるような気がします(また生意気になってきた・・・)。これは音の美しさよりも「掛け合い」というパーツの使い方を楽しむものなのかな、と思いました。

また六重奏に比べて人数が少ないとどうしても一人ひとりの音程が重要になってハーモニーが綺麗に作られにくい、という面もあります。音程がずれた合唱でもそれを聞いた人間の脳はその中から正しい音程を選択して聞き取るそうですが、四重奏は一声部(一音程)が一人にゆだねられるので各人に正確な音程が求められるのでしょう。早い話が演奏の難易度が高い。そのため音の美しさよりも演奏技術の評価、比較のような視点が生まれてきてしまうように思います。

以上のことから自分の中で弦楽四重奏敷居が高いという位置づけになりました。楽曲の美しさが演奏力に影響される度合いが高ければ、演奏される音と奏者への注目の比率もそれに引っ張られます。奏者の評価をするにはその曲ないしは弦楽四重奏というジャンルのマナーを知る必要がありますが、僕にはまだそれが難しかったです。

うーん、精進せねば・・・

 


最後に箇条書きで前回に引き続き生意気な感想を書いておきます。未熟な視点のまま書いておきたいからです、disじゃないのです!

  • チェロの人が飛びぬけてうまかった。ピッチが凄く安定してる。ただビブラートがクドかったように思う。(生意気)

  • ヴィオラの人のピッチがちょっと怪しかったような?見せ場が少なかったのでちょっとわからないが・・・でも全体的には安定して聞こえた。リズムが良かったんだろうか?(生意気だ・・・)

  • 第一ヴァイオリンの演奏はこれで良いんだろうか・・・。ゆっくりな曲でメロディを聞かせるところは凄く、本当に良かったんだけどほかの部分だと早いパッセージだとグダリぎみ、ときたま音が歪む、ピッチがシャープ気味すぎる、とか思った。メロディ声部の音程は目立たせるために少しシャープ気味に演奏する、とどこかで見た気がするがそういう範囲を超えてた気がする(生意気すぎて逃げたい)

  • 早いパッセージでは大体演奏が合ってなかったように思えたのが残念(生意気具合に自分が残念)

 

・・・こういう感じで。気分悪くされたらすいません。でももし指摘やご教授をいただければありがたく拝聴いたします。


今回のアメ横グルメは揚子江で。炒飯を食べたかったのです。ラーメンセットで650円。ラーメンは醤油味で刻み海苔ともやしが乗ってるだけの簡素なもの。炒飯も全く凝ってなかったですけど、そういうのが食べたい気分だったのでジャストでした。アメ横は安いけど味も値段相応って感じですね。