古本屋に憧れる

古本屋に憧れています。古本屋さんになりたいんじゃなくて、あの場所というか、古本屋を楽しめる人に憧れる、という話です。

今度引っ越しをするんで古本屋に不要になるだろう本を売りに行ったんですよ。そしたら、まあ売りつけてお金もらって売り場面積を圧迫するだけってのも悪いなあって、礼儀として一冊くらいは本を買いたいと思ってるんです。それで不要本の査定中に店内を物色するんですが、なかなか手を伸ばせない。そんな深く考えずに一冊選んどきゃいいのに、選べない。

なんで選べないかっていったら、多分「欲しかったあの本」を無意識に探してるからだと思うんです。普段の生活の中で「あ、これ読んでおかなきゃ」「あれ読みたいな」って思う本が頭の中に(もしくはamazonウィッシュリストの中に)溜まっていって、その記憶の分が古本屋で脳のメモリを食っているんじゃないかと思いました。

なので全然手が伸びない。もちろん読むことが確定してる本がそこにあれば(稀覯本とかで高くなければ)買ってたんですが、それこそamazonとかで買えばいい話で。そういうのじゃなくて、そのときの巡り合わせで本を選べる余裕が無いと古本屋は楽しめないな、と今日は実感しました。「精神的積ん読」を消化して初めて、僕は古本屋の棚の前に立てるんだと思います。*1そうしてその後に、本との自由な出会いと別れを存分に楽しみたい。


そうして自分の経験不足に打ちひしがれていると、本の査定が終わったということで呼ばれてレジへ。すると「これらの本はうちでも在庫があってあまり高く買い取れないよ?これとかは150円くらいで…それだったら他のところへ持って行ってもらったほうが…」とのこと。

「そうですか…うーん、いえ、それでもいいのでお願いします」(処分のつもりなので)
「でもねえ、安く買い叩くってことをするわけにもねえ…」
「(…!!)わかりました、他も当たってみます。すいません、ありがとうございます。」
「すいませんねえ」

そうか!このお店は本のことを本当に大切に考えているんだ!この店長の言い分が100%正しいに違いない。処分できないのは残念だけど、従おう!この店長の考える、古本のエコシステムに!

僕はいたく感動しました。提示額は確かに高くはなかったけど、ブックオフよりは多分まとまった金額でした。それを提示した上でまさかの買い取り拒否。ここで僕の意志を通す必要は無い、この店長の考える,古本の生態系に僕も組み込まれよう!

 

ということで売らずに帰ってきました。

 


 

今日お世話になった素敵古本屋さん
板橋区 大山 ぶっくめいと

【参考】 古本屋ツアー・イン・ジャパン: 8/5東京・大山 古本・ぶっくめいと

 

 

*1:もちろん「精神的積ん読」の消化は、全部だとキリが無いのでそこそこでいいと思うんですけどそこに至るまでの読書が自分には足りないんだろうなあ、と